「ドタキャン」について
ドタキャン、リスケのようなものを含めると、昔は本当に多かったです。
・約束の時間に起きる、友人は駅で待ってる、ギャー!
・イベントの日を間違えて2連続で付き合わせる
・待たせてごめん代でおごる
・心療内科の先生に「当日キャンセルが多すぎる、もう来ないで」と言われる。
あの時の自分に言いたいのです。
「その人がどんな思いをしたか、どんな言葉を飲み込んで許してくれたのか、どんな迷惑をかけたのか、ちゃんと考えろ、味わえ!」と。
そういう時、わりと私はしっかり謝るのだけど、その人の思いや迷惑の部分をちゃんと考えることはできていなかったと思います。
謝って、許してもらうことばっかり考えていました。
でも、年をとって、許してもらいにくくなってからでしょうか。
「本当にこんな自分が嫌だ!」ということがいくつも重なって、自分を変えようとしていったように思います。
片付けもそのひとつ。メモ帳や、キーホルダーなどで忘れ物対策しているのもそのうちのひとつ。
自分の失敗を「こんな私も私だから(てへぺろ)」で終わらせてちゃいけなくて、相手にさせた嫌な思いをぐっと自分に引き寄せて、本気で再発防止に努めなくちゃいけないのですよねぇ。嫌だけど、それが近道。
みんなちゃんとしているから、私はあまり迷惑をかけられることはないのだけど、たまにそういう立場になった時には、「前のみんな、ほんとごめんでした」と謝りたくなります。逆の立場を味わうっていい経験ですね。
謝ったり謝られたりしながら、人は学んでいくのですね。
心から、というとことがポイントな気がします(キラ~ン)。